シューズを手に取ったとき、その重さや素材の感触、足を入れた瞬間のフィット感——そうしたものに意識が向く人は多いと思います。でも、その一足がどのような問いから生まれ、どのような過程を経て手元に届いたのかを考えることは、意外と少ないかもしれません。
シューズの開発には、コンセプトの設計から生産・輸送まで、多くの工程が関わっています。ブランドのフェーズや製品の性格によって順番が前後することはありますが、ここでは一般的な流れを辿ってみます。
コンセプトから素材・ラストの設計へ
開発はまず、製品コンセプトを言語化することから始まります。どんな人が、どんな場面で、どのように使うのか。その靴で何を実現したいのか。この問いへの答えが、以降のすべての選択の基準になります。マーケティング、MD(マーチャンダイザー)、デザイナーなど、複数の部署が関わりながら方向性を定めていくプロセスです。
コンセプトが定まったら、使用する素材のスペックをおおまかに決めていきます。アッパーに何を使うか、ミッドソールの硬さや反発性をどう設定するか、アウトソールの素材、シューレースをどうするか、ライニング(アッパーの裏地)の素材をどうするか、防水性を求めるか——決めなければならない項目の数は膨大です。この段階での選択が、履き心地や耐久性、コストに直接影響します。
実際に、決めないといけない仕様の多さに圧倒されました。もちろん、あらゆる意思決定が「お客様への価値」にどうつながるかで判断できるのが理想ですが、結果として履き心地や見栄えにどう影響が及ぶのか分からないような細かい項目があるのも事実です。例えば、シュータンを固定する(アッパーと接続する)面を1か所だけにするのか、シュータンのサイドも含めた3か所で固定するのか、といった具合です。
次に取り組むのが「ラスト(木型)」の開発です。ラストとは、シューズをつくる際の足型となる立体の原型で、これに沿ってアッパー素材を吊り込んでいきます。ラストの形状が履き心地の大部分を決めると言っても過言ではなく、足幅・甲の高さ・かかとの絞り方・つま先の形状など、細部にわたる設計が求められます。精巧につくられたラストは、人間の足の微妙な曲線や凹凸をうまく捉えた形のものは、一つの彫刻作品のような佇まいを持っています。
日本人の足はヒール周りが比較的細く、前足部(ボール部)が幅広いという特徴があると言われています。ラストの形状の違いが、フィット感に影響することもあります。
デザインとソールの設計
ラストの方向性が見えてきたら、2Dデザインの設計に入ります。シルエット、パーツの分割ライン、縫製の位置、使用素材の配置——平面上でシューズ全体の構造と見た目を設計する工程です。
並行して進めるのが、ソールの開発・設計です。素材の選定、厚み、屈曲する位置、アウトソールのグリップパターンなど、歩行の感覚に直結する要素をここで詰めていきます。2Dデザインとソール設計が揃ったところで、3Dデータに落とし込み、立体としての全体像を確認します。
サンプル作成と仕様の確定
設計が固まったら、実際にサンプルを作成します。最初の試作が完成品になることは、まずありません。足を入れて歩いてみると、設計段階では見えていなかった課題が次々と浮かび上がります。
素材の伸び方が想定と異なる。かかとのホールド感が足りない。前足部の屈曲ポイントがずれている——そうした問題を一つひとつ潰しながら、サンプル作成と修正を繰り返します。この往復が、数ヶ月から一年以上かかることも珍しくありません。
納得のいく履き心地と品質が確認できたところで、仕様を最終確定します。カラーバリエーション、素材のグレード、縫製の仕様、パーツの寸法など、生産に必要なすべての情報を文書化する工程です。
調達・生産・輸送
仕様が確定したら、素材や部材の調達が始まります。その後、工場での本生産に入り、品質検査を経て輸送——ようやく一足が手元に届きます。この部分もまた非常に複雑な工程なのですが、詳しくは次回以降にお伝えしたいと思います。
コンセプトを決めた日から数えると、最短でも半年、長ければ2年近くかかることもあります。朝、何気なく足を入れるその一足に、そうした時間と工程が積み重なっています。